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今回は私のかねてから好きだった、漢の名将韓信のお話。漢時代の幕開けにおいて、蕭何、張良と並び、もっとも功績を残した立役者の一人としてその名を残している。名将とは..

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つぶやき~~
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韓信の股くぐり 稀代の名元帥の逸話列伝が面白い。

今回は私のかねてから好きだった、漢の名将韓信のお話。

漢時代の幕開けにおいて、蕭何、張良と並び、もっとも功績を残した

立役者の一人としてその名を残している。

名将とはいえ、韓信はあの劉邦の元で、全軍を任された元帥の地位まで

昇り詰めた将軍で、食うか食わずの若き頃の放浪者だった身分から、

かなり出世した傑出の人物だけれど、この時代、

韓信のような低身分から出世した物語伝は、この時代を制覇した

漢の高祖、劉邦にしかり、この時代の特徴と言っていい。

私が今も愛蔵している司馬氏の「項羽と劉邦」


幾度もの引っ越しを繰り返した末、下巻だけ失くしてしまった。

項羽と劉邦


この書籍は、20歳くらいの時に購入したもので、

当時ロフトで寝そべって夢中で読んだものだ。この時代の中に

タイムスリップでもした....みたいに没頭して読み進めた。

私が、韓信を初めて知ったのは、中学1年くらいの時か....

所有していた百科事典の中に「股くぐりの韓信」として、

記述されていた。 なんかおもしろい歴史上の人だな~~

当時の記憶はそこで途切れるが...

20歳になって、司馬氏の項羽と劉邦を手にしたことで、

づっと股くぐりのことは記憶の片隅にあったのだ..

項羽と劉邦(上中下) 合本版 Kindle版

項羽と劉邦物語の中の名元帥「韓信」


先に触れておくと、韓信は実質、劉邦の部下であるが、

その類まれなる軍事の才能により、

一時期、あの項羽や、親分の劉邦をしのぐ

ほどの第三勢力にまで昇り詰めている。この時は、劉邦軍の別動隊として、

軍を指揮していたのだが、この時の戦歴が華々しい。

戦えば必ず勝つ..というほどの戦歴だったとされる。

元々韓信は、当初項羽軍にその身を預けていた。

しかし、その志とは裏腹に、身辺護衛職としての地位しか与えてもらえず、

冷遇されていた。そして、項羽軍を見限って劉邦軍に身を預けるようになる。


韓信の股くぐりの逸話は、そのようにまだ軍に入隊する以前の、

根無し草の様に、知り合いのつてをたどり、そこで飯を食わせてもらう

といったその日暮らしの浮浪人のような若者だったころの逸話。

挙句の果てに愛想をつかされるも、またつてをたどり、飯をくわせてもらう....

ある時、川で洗濯している老婆に数日も飯を恵んでもらい、

そのご恩に対して、

「いつか必ずこのご恩は必ずお返しする」...と言うが

老婆は、

「わたしゃ..あんたが腹減ってかわいそうだから飯与えただけじゃ..

なにをえらそうにほざいてからに...」と逆に罵られてしまう.

そんなろくでなし韓信はいつも腰に長剣をぶら下げていた。

そうみると、その身分や生活は、貧しくも、何かしらの志は

持っていたのかもしれない...

しかしそれがアダとなってしまう。

ある時、いつものように、長剣をガチャつかせながら、

町を歩いていると、気の荒い屠殺夫の男に...

「えらそうに....その腰に巻いている長剣で俺を刺してみろよ..

出来なきゃ、俺の股の下をくぐれや!!! 」

とみんなが見ている前で挑発されてしまう。

そのとき、韓信はその周りに群がる町の衆を一通り見渡し、躊躇なく、

腰を下ろし、身をかがめてその屠殺夫の股をゆっくりと潜った。

バカにしたように嘲笑しながら去る屠殺夫...

そして市中の人々は、これを見るや否や、臆病者だと言いバカにした。

しかしこのことが、後年、名将の名をとどろかせた後に、

このことが、大勇の明し「真の勇気、大事にあたって出す勇気」だとして

賞賛されたという逸話なのです。

この著者でもある司馬氏の考えでは、

韓信という男には、その本質に、「臆病さ」というものを

持ち合わせていたのではないか? と記述している。

戦略を施す時に、その臆病さでいろいろな状況をろ過することで、

見方の防御...相手がどう攻めてきたら...こうして回避して反撃する..

といったことを考える...と司馬氏的な考えを本書では披露している。

たしかに、臆病と聞くと、みっともない..みたいなレッテルを

貼られやすい一面もあるが、臆病は、裏を返すと、思慮深いと取れなくもない。

その臆病さで、もしこの状況になったら....と臆病に考えて

考えてその時々の考えられる手を打とうとするのだから..

この解釈も一理あるのかもしれないですね。

実際、稀代の軍事才能を発揮した韓信の戦のやり方は、

地の利を生かした戦術だったという。

あらゆる地形を生かした戦術...

この戦の描写は、あの有名な横山光輝氏の項羽と劉邦全12巻にも

しっかりと描かれているのを記憶している。

川の水を石岩でせき止めて、そこを通れる道だと勘違いさせ

敵が軍行してきたら、せき止めていた所をはずして、

一斉に川の水を放流させて、敵軍を水没させてしまう...

といった描写がされていたのを覚えている。

これも、このような川を利用した地形だからこそできた戦術に他ならない。

ところで、三国志でも出てくる有名な「背水の陣」だが、

この戦術も、韓信は三国時代のはるか以前のこの時代に

すでに行っていると描かれている。

漢帝国成立に多大な貢献をした三傑の一人として、その才能を発揮した

韓信だけれど、元帥に任命されるまでは、劉邦軍でも最初は、

求める地位にはつけず、失望してしまい、何度か軍を抜け出している。

このころ、蕭何は韓信のことを知っており、韓信の話も聞いており、

その軍事の才能を最初に気付いた人だった。
※(蕭何は軍務、補給占領地の行政一切を取り仕切る重要人物)

でも、最後の逃走の時も、捕まって連れ戻されている。
※「軍を逃走離脱は処罰される罪」

このとき、韓信の逃走を知り、そのあとを追って軍に戻そうとしたのが、

蕭何だった。

蕭何は、劉邦軍にとってなくてはならない、劉邦が軍としての形もない、

徒党の寄せあつまりだったころから、劉邦と同郷の人物で、

同郷当時から、人としての信頼を得ていた人物。


しかし、これを聞いた劉邦は血相を変えたとされる...

バカな!! あの蕭何が私の元から逃げてしまった。

劉邦に血の気を引かせるほど、蕭何は劉邦軍にとってなくてはならない人物。

ほどなく、蕭何は韓信をともない軍に戻ってくるが、

これにホッとした劉邦だったが、一方では、逃げたと間違った知らせを

受けていたので、蕭何への疑念が噴出して、怒りながら、

なぜわしを捨てて逃走した・・?? と責め立てた。

「私は、逃げたのではなく、ある人物を追っていたのです。」

劉邦は誰だと問う。

「韓信でございます」

これを聞いた劉邦は、いっそう蕭何への疑念を募らせたとされる。

というのも、この当時、劉邦軍は秦の要所、関中を落としたが、

当時は項羽軍の一軍「※楚軍と協力して秦を打倒するという

建前的に楚軍の傘下」という立場上、その功労を項羽軍によって

剥奪されて、僻地てある土地の王に任命されたのだ。

つまり、王とはいうものの、早い話が左遷のような待遇。

中原の人たちにとっては、そこはいやだよね~~あんな所、住みづらいしね~~

みたいな場所に追いやられたというわけで、

それに不平不満や失望した劉邦配下の一将軍などが逃走するといった

ことが起こっていたのだった。

劉邦曰く、

「他の将校たちが逃げても、追わないのに、なぜ、

韓信ごときの様な者のために引き戻そうなどと、口実だ」と責めた。

そして蕭何は、

「上よ.... 逃げた他の将軍がこぞって逃げても惜しくはないのです。
でも韓信はちがいます。あなたが一地方勢力の王として満足されるなら、韓信は不要です。しかし、楚(項羽軍)と天下の覇を争うおつもりなら、韓信は必要なのです。」

そして、劉邦の韓信に対する認識不足について問い、

韓信に対して、適切な登用をせねば、彼はまた逃げてしまうと述べ、

思い切って登用されよと進言する。

最初劉邦は、そこまで言う蕭何の顔を立て、将軍に任ぜようと言う。

しかし蕭何は、一部隊の将軍程度では、彼は軍に留まらないでしょうと返す。

そして劉邦は思い切って、

ならば大将「元帥―諸将を統帥する職」にしよう。と言った。

そこで初めて蕭何が、

「甚だ幸いなり」と返したとされている。

そのあと、劉邦は韓信の任命式のあと、呼び寄せて、彼の話を聞く。

これから我が軍はどうすべきか、項羽という人物についてなど...

韓信は水を得た魚のごとく、話したとされる。

韓信が語り終えると、傍らの小机を叩いて、

「将軍よ、わたしは、あなたを得ることが遅すぎた!!」

と言って喜んだという。

そして国士無双という聞きなれた四字熟語も、

この当時、蕭何が、韓信の類まれなる軍才にたいして、

そう評価したとされている。

国士無双 -  国において二人といない傑出した人物。

参考文献は、項羽と劉邦(上中下) より

春空に舞う定山渓鯉のぼりの雄姿

約400匹が温泉街の空を泳ぐ春の風物詩

「定山渓温泉渓流鯉のぼり」

2018年4月14日(土)~5月6日(日)の約1か月間開催
定山渓温泉 定山渓ホテル

定山渓鯉のぼり

定山渓鯉のぼり

定山渓鯉のぼり

定山渓鯉のぼり

400匹ものこいのぼりはなかなか壮観な眺めですね。

ちょっと子供のころを思い出しました。

定山渓は温泉も有名だけど、お湯につかるなら、

広~~い浴場と、湯上りのビールと和食で満喫したい。


料理の味付けもきちんとしてあって満足。
大きいお風呂は最高でした。


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